2004 |
03,18 |
東の空を見上げると、青く透き通った真珠のような星が見える。
−スピカだ。
この星が見えると、そろそろこの街にも春がやって来る。
こうやって星を見ていると、つい心が無防備になってしまって、思わず涙がこぼれそうになって、慌てて真上を向いて、涙を乾かすんだ。
もう成人したというのに、俺はそうやって自分の涙を誤魔化しながら今日まで歩いてきた。
「…スピカ?ね、そうだよね?」
ケバケバしい女の声に思わず振り向くと、中学の同級生だったトゥルが目を見開いて立ちすくんでいた。
「トゥル。。。もう5年ぶりだっけ?元気してっか?」
「あたりきしゃりき。…あんた、なんか垢抜けたねー。スピカって感じじゃないみたい」
「そういうおまえだって。…アークトゥルスって感じじゃないよな、もう」
俺はコートのポケットの奥に入り込んだ煙草の箱を弄りながら、そっとトゥルの顔を盗み見た。
−すっかり女の顔になったな、こいつ。
ちょっと口惜しいような、でもどこか眩しいような、そんな言葉にならない気持ちを持て余してる自分に気が付いて、俺はぎゅっと煙草の箱を握りつぶす。
そっと心から忍び寄ってきた忘れかけていた、それでいて新しく生まれた名もなき感情に背を向けたくて、思わずきゅっと目を瞑った。
スピカ、それは俺の中学のときの名前だった。
誰も本名なんか覚えちゃいない。
髪の毛も長く、成長期の女の子よりずっと女の子らしいと評されたあの頃の自分。
入学して以来、3年間ずっと俺はその名前でしか呼ばれることはなかった。
そんな俺にちょっかいを出してきた女がアークトゥルス、通称トゥルだ。
おとめ座のスピカに対し、オレンジに輝く男性的なうしつかい座の星、アークトゥルスは、春の夫婦星と準えることが多い。
女子からのバレンタインで靴箱が溢れ返るくらいの伝説を作ったトゥルは、アークトゥルスになぞらえるように、当時は奔放で男らしい性格で、いつも白い歯を見せて大口開けて笑っていた。
なにかと俺にちょっかいを出すんだけど、実際は俺のほうが奔放な彼女を放っておけなくて、世話女房みたいになってたのが他のヤツらには、スピカとアークトゥルスみたいに見えたんだろうな。
アークトゥルスがだんだん縮まってトゥルになり、、、俺達は3年間、夫婦星のように連れ添って歩いていた。
もっとも、スキとか嫌いなんて感情もよくわからなかった頃だ。
結局、周りの冷やかし以上の仲に進展することもなく、やがて卒業後は連絡も取らなくなり。
そうしていつしか5年の年月が経ったというわけだった。
5年の間に、俺は当時150cmもなかった身長が175cmに伸びた。
中学時代のようにスピカって名前で呼ばれることももうなくなって久しい。
トゥルは、身長は当時と同じくらいだから、多分170cmくらいだろう。
でも、纏っている空気が、女でないと出せないそれだったからか、隣にいると思わず甘酸っぱい衝動に駆られてしまいそうで、俺は何度も首を振ってそれを否定した。
「スピカさ、なんであんたスピカって呼ばれてたか知ってる?」
「え?そりゃ俺が小さくて女みたいだったからだろ」
そう答えると、彼女は含み笑いをしながら、コホンと咳払いを一つ。
「スピカはね、アラビア語でアルシマクアルアザルって言うんだけどさ」
「アルシ…なんだって?」
「日本語でいうと無防備状態。当時のあんたって、針剥き出しにして歩いてるような感じだったもの。だからスピカ」
なるほどな、と思った。
スピカのSpicというのは、確か針とかとがったもの、なんて意味があったような気がする。
スパイクなんかの語源にもなってる言葉のはずで、そんな無防備に針を曝け出してるようなヤツだからスピカと呼ばれてた、ということらしい。
ふと時計を見ると21時だった。
「…なあ、今から何か予定あるのか?」
「ん?一応」
「そっか。…んじゃいいや。またな」
自分でも不自然だと思いながらトゥルに背を向けて手を上げる。
何を俺は今言おうとしたんだろう。
女を見るとすぐ腫れた惚れただ、となっちまうのも中学生のガキみたいで嫌になったんだ。
頭上の青く透き通った星に舌打ちしながら歩き出したとき、
「…交換しよっか?」
トゥルの声が聞こえた。
「交換するって、なにを?」
「あたし達の名前」
驚いて振り向いた俺に、彼女は唇の端を上げて柔らかい笑みを見せて、こう言った。
「今日からはあんたがトゥルになるんだ。その代わり、あたしはスピカになるの」
結局、俺達は今度酒を飲み交わす約束をして別れた。
相変わらず色気もない約束だった。
「それじゃ、またな…スピカ」
「じゃあね」
呼びなれない、というよりも、本来自分がいつも心の奥で呼んできたもう一人の自分のようで、その名前を口にして思わず俺は俯いた。
でも、決して嫌な感情じゃなくて。
−こんなのも悪くないな。
再び彼女に背を向けて歩き出し、俺は空に向かって呟いた。
バイバイ、スピカ。
−スピカだ。
この星が見えると、そろそろこの街にも春がやって来る。
こうやって星を見ていると、つい心が無防備になってしまって、思わず涙がこぼれそうになって、慌てて真上を向いて、涙を乾かすんだ。
もう成人したというのに、俺はそうやって自分の涙を誤魔化しながら今日まで歩いてきた。
「…スピカ?ね、そうだよね?」
ケバケバしい女の声に思わず振り向くと、中学の同級生だったトゥルが目を見開いて立ちすくんでいた。
「トゥル。。。もう5年ぶりだっけ?元気してっか?」
「あたりきしゃりき。…あんた、なんか垢抜けたねー。スピカって感じじゃないみたい」
「そういうおまえだって。…アークトゥルスって感じじゃないよな、もう」
俺はコートのポケットの奥に入り込んだ煙草の箱を弄りながら、そっとトゥルの顔を盗み見た。
−すっかり女の顔になったな、こいつ。
ちょっと口惜しいような、でもどこか眩しいような、そんな言葉にならない気持ちを持て余してる自分に気が付いて、俺はぎゅっと煙草の箱を握りつぶす。
そっと心から忍び寄ってきた忘れかけていた、それでいて新しく生まれた名もなき感情に背を向けたくて、思わずきゅっと目を瞑った。
スピカ、それは俺の中学のときの名前だった。
誰も本名なんか覚えちゃいない。
髪の毛も長く、成長期の女の子よりずっと女の子らしいと評されたあの頃の自分。
入学して以来、3年間ずっと俺はその名前でしか呼ばれることはなかった。
そんな俺にちょっかいを出してきた女がアークトゥルス、通称トゥルだ。
おとめ座のスピカに対し、オレンジに輝く男性的なうしつかい座の星、アークトゥルスは、春の夫婦星と準えることが多い。
女子からのバレンタインで靴箱が溢れ返るくらいの伝説を作ったトゥルは、アークトゥルスになぞらえるように、当時は奔放で男らしい性格で、いつも白い歯を見せて大口開けて笑っていた。
なにかと俺にちょっかいを出すんだけど、実際は俺のほうが奔放な彼女を放っておけなくて、世話女房みたいになってたのが他のヤツらには、スピカとアークトゥルスみたいに見えたんだろうな。
アークトゥルスがだんだん縮まってトゥルになり、、、俺達は3年間、夫婦星のように連れ添って歩いていた。
もっとも、スキとか嫌いなんて感情もよくわからなかった頃だ。
結局、周りの冷やかし以上の仲に進展することもなく、やがて卒業後は連絡も取らなくなり。
そうしていつしか5年の年月が経ったというわけだった。
5年の間に、俺は当時150cmもなかった身長が175cmに伸びた。
中学時代のようにスピカって名前で呼ばれることももうなくなって久しい。
トゥルは、身長は当時と同じくらいだから、多分170cmくらいだろう。
でも、纏っている空気が、女でないと出せないそれだったからか、隣にいると思わず甘酸っぱい衝動に駆られてしまいそうで、俺は何度も首を振ってそれを否定した。
「スピカさ、なんであんたスピカって呼ばれてたか知ってる?」
「え?そりゃ俺が小さくて女みたいだったからだろ」
そう答えると、彼女は含み笑いをしながら、コホンと咳払いを一つ。
「スピカはね、アラビア語でアルシマクアルアザルって言うんだけどさ」
「アルシ…なんだって?」
「日本語でいうと無防備状態。当時のあんたって、針剥き出しにして歩いてるような感じだったもの。だからスピカ」
なるほどな、と思った。
スピカのSpicというのは、確か針とかとがったもの、なんて意味があったような気がする。
スパイクなんかの語源にもなってる言葉のはずで、そんな無防備に針を曝け出してるようなヤツだからスピカと呼ばれてた、ということらしい。
ふと時計を見ると21時だった。
「…なあ、今から何か予定あるのか?」
「ん?一応」
「そっか。…んじゃいいや。またな」
自分でも不自然だと思いながらトゥルに背を向けて手を上げる。
何を俺は今言おうとしたんだろう。
女を見るとすぐ腫れた惚れただ、となっちまうのも中学生のガキみたいで嫌になったんだ。
頭上の青く透き通った星に舌打ちしながら歩き出したとき、
「…交換しよっか?」
トゥルの声が聞こえた。
「交換するって、なにを?」
「あたし達の名前」
驚いて振り向いた俺に、彼女は唇の端を上げて柔らかい笑みを見せて、こう言った。
「今日からはあんたがトゥルになるんだ。その代わり、あたしはスピカになるの」
結局、俺達は今度酒を飲み交わす約束をして別れた。
相変わらず色気もない約束だった。
「それじゃ、またな…スピカ」
「じゃあね」
呼びなれない、というよりも、本来自分がいつも心の奥で呼んできたもう一人の自分のようで、その名前を口にして思わず俺は俯いた。
でも、決して嫌な感情じゃなくて。
−こんなのも悪くないな。
再び彼女に背を向けて歩き出し、俺は空に向かって呟いた。
バイバイ、スピカ。
昨日空を見てスピカを見つけた時、ふと思いついた小説もどきでした。
15分くらいで書いちゃったやつで、全然推敲もしてないんで、出来の悪さは勘弁してやってくださいw
実際はすごい速度で回転してる星で、太陽よりも700倍くらい明るい星なんですけど、地球からはすごく穏やかで綺麗なブルーなんですよね。
まあ、青い星というのは概して高温な星が多いわけなんですけどね。
この星が来ると春が来るのも本当の話で、もし晴れていたらちょっと東の空を眺めやってもらうのも一興かと思います^^
また時間が出来たらプラネタリウムとかも行きたいなあ、と星を見ながらふと思ってみたりする今日この頃。
15分くらいで書いちゃったやつで、全然推敲もしてないんで、出来の悪さは勘弁してやってくださいw
実際はすごい速度で回転してる星で、太陽よりも700倍くらい明るい星なんですけど、地球からはすごく穏やかで綺麗なブルーなんですよね。
まあ、青い星というのは概して高温な星が多いわけなんですけどね。
この星が来ると春が来るのも本当の話で、もし晴れていたらちょっと東の空を眺めやってもらうのも一興かと思います^^
また時間が出来たらプラネタリウムとかも行きたいなあ、と星を見ながらふと思ってみたりする今日この頃。
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