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Life in Progress

Bismarck鯖でおバカな日常を繰り返しているタルタルの、音楽と愛と欲望(?)に満ち溢れたFF11&リアル日記。
2024
04,25

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2006
03,09
連載4回目のショートショート、今回が解決編です。
《1》はコチラから、
《2》はコチラから、
《3》はコチラからお読みください)

しばらく、パチパチと爆ぜる暖炉の薪の音だけが静かに室内に木霊する。
夫人がここにいる−予想外のパートナーの言葉に私は、言葉を失したまま彼の顔をぼんやりと見詰めていた。
ふと視線をずらすと、その言葉を受けたジョバイロ候も、どこか虚をつかれたような表情でパートナーの顔に目を向けている。
その表情に一瞬戸惑いを覚えた。
候は・・・夫人が見つかることを望んでいなかったのだろうか?

「・・・そうですか。それでは早速妻を連れてきてください」
「そうしたいところですが・・・奥様をお連れするためには、この事件の謎をきちんと解き明かさなくてはなりません」
そして、彼は候をいつになく鋭い目で射抜きながらこう告げた。
「俺はその瞬間に、貴方を殺さなくてはならない。それでも奥様をここにお連れしてもよろしいのですか?」

「ちょっと、殺すって何いってるの・・・正気?」
「ああ、勿論さ。大丈夫、君を悲しませることはしないよ、パクララ」
突然のパートナーの言葉に驚き、反駁した私をなだめる彼の姿は、いつもと何も変わらないそれで−私ときたら、人前だというのに思わず叫び出したい衝動で一杯だった。
しかし、私の意に反し、ジョバイロ候は次の言葉をこう紡いだのだった。
「いいでしょう。私は貴方たちを信頼して依頼を託した。最後までそれをまっとうしていただければ結構」


「まずこの事件で俺たちが調べ、現時点で分かっていることを順を追って話してみましょう。
一ヶ月前、ジョバイロ候夫人失踪事件が発生。
彼女は、ウルガラン山脈にあると言われる神秘の氷というアイテムを求め、姿を消しました。
ここまではいいですよね?」
私とジョバイロ候は同時に頷いた。

「さて、サンドリアからの奥様の行方はしばらくわからなかったのですが・・・ヒントになったのは、この家の本棚です。
冒険者がいるはずのないこの家の本棚には、使用済みの白魔法のスクロールがあるのを先日見つけました。
この時点で、この屋敷にいる誰かが白魔法の使い手である可能性が高い。これを事実1、としましょう。」

「次に、パートナーのパクララが、ロンフォールのガード達からとある証言を得ています。
パクララ、ガード達に何を聞いたか、ここで話してくれないか?」
突然振られた話題に少し戸惑い、私は彼の目を見る。
彼は片頬で笑みを浮かべながら、少しだけ縦にかぶりを振った。
「ジョバイロさんは、ヴァズの石を持ってないから、歩いて峠を超えて、ボスディン氷河からザルカバードへ抜けた−彼らの証言です」
「これを事実2としましょうか。さて・・・」
そう言いながら、彼は足元の荷物を探り、やがて一振りの両手棍を取り出した。
2匹の獅子をかたどったサンドリアの国旗がグリップ部分についており、そこから魔力が流れ込んでくるのが感じられる。

「この両手棍が何かご存知ですか?」
「いえ、私は冒険者ではないので・・・」
ジョバイロ候はかぶりを振ると、私の方へ視線を向けた。
私も今までこのような両手棍は見たことがなかった。
魔力の存在とは対象的に、人を傷つけるだけの威力を持っているようには思えない。
それに、国旗がかたどられた両手棍の存在など、自分の見聞の外のものだった。

「これは、冒険者の中でも、その国の中で一番上位のランクに認定された冒険者のみに配布を赦されたある両手棍です。
殴る用途にはからっきし向いてないし、強い魔力によって攻撃できるわけでもない」
「ちょっと待って。貴方はそういうけれど、この武器には、何か神秘的な力の存在を感じるわ」
反駁した私の言葉を待っていたかのように彼は唇の端を上げて微かに微笑んだ。
「うん、パクララなら分かるよな?実は、この両手棍にはひとつだけ他の武器では決してなしえないことが可能なんだ。
最高ランクの冒険者にのみ元々携帯を赦された装備・・・これに秘められた力とは、シグネットの力」
「・・・聞いたことがあるわ。本来ガードにのみ赦されているシグネットの魔法を封じ込めた特殊な武器がある、と」
冒険者では決して扱えないシグネットの魔法。
それをエンチャントの形で冒険者への携帯を許可した特別な武器。
しかし、当然駆け出しの冒険者は勿論のこと、一般の冒険者への配布は決して赦されていない。
「この武器がウルガラン山脈のとある場所に落ちていたんだ。そして、どうやらこの持ち主はシグネットの力を一度引き出しているんだ。
当然のことながら、シグネットをかけるということは、冒険者を特定する行為へと繋がる。冒険者協会に持ち込んで分析してもらったら、あっさりとジョバイロという名前が出たのさ。これが事実3」

それは何を意味しているのだろう。
何故、この武器を夫人が持っていたのだろうか−それは当然の疑問として存在するけれど、どこかのバザーで購入した可能性だってある。
しかし、そんなことより大きな問題があった。
−と、正面のソファに座っていたジョバイロ候が優美な動作で立ち上がり、口を開く。
「なるほど・・・物的証拠があったというわけですね。しかし、ザルカバード以降では証言を得られていない・・・違いますか?」
「たしかに、ここ1ヶ月もの間、ガードは不在で、尚且つ目撃者もいません。しかし、夫人がウルガラン山脈に訪れていないことを証明する人がいたとしたらどうです?」
彼は、不敵な顔つきでジョバイロ候の視線を受け止め、おかしな言葉を紡いだのだった。
一瞬呆気に取られた後、私は我に返り、彼の言葉に返す言葉を探そうとしたが、次の彼の言葉にそれを押し留められることになる。

「パクララも言いたいことがあると思うが、黙って聞いてほしいんだ。
確かに、ザルカバードもウルガラン山脈も獣人支配で、ガードの見張りは不在だった。冒険者の目撃証言も乏しい。しかし・・・ウルガラン山脈へ入った場所にいつも立っている人物がいるんです」
「どういうこと?」
「ウルガラン山脈の奥には、熊爪嶽という場所がある。虚ろのモンスターがいることで有名な場所で、近頃はパーティーを組んだ冒険者が報酬目当てによく来る場所なんだ。
ただし、そこは風が吹き荒れる場所で、人の力だけで普通に突入することは適わない。そこで、これを必要とするんだ」
そういうと、彼は懐から不思議な団扇らしきアイテムを取り出した。
その瞬間、室内の空気の薄い流れが、さっと堰き止められたような、そんな不思議な感覚に陥る。
これが、この団扇の力なのだろうか?

「不思議だわ。こんな薄い団扇なのに、大気の流れが変わる」
「そう、これさえあれば、魔の力でよどんだ風ですら一時的に耐えることが出来るという。そして、これを冒険者に配ってる人物が、常にウルガラン山脈の入り口に立っているんだ」
彼の言葉によると、ザバダという名前のガルカが、千人落としの崖の洞窟にある氷と引き換えに、この風越の団扇というアイテムを配布しているらしい。
「元々、そのガルカはその団扇と引き換え条件として、袋に氷を入れてくるよう指示をしているらしい。彼によれば、この一ヶ月、ジョバイロという名前のエルヴァーンの女性が一人で袋を受け取りに来たことはないそうなんだ。これを事実4としよう」
「でも・・・さっき貴方はウルガラン山脈で両手棍を見つけたって・・・」
「・・・それこそが今回の事件におけるもっとも大きな矛盾です」
そう言うと、パートナーの目は一瞬鋭く瞬き、ジョバイロ候の顔をじっと凝視したのだった。
「実は、その両手棍と一緒に、氷を入れる麻の袋が落ちていました。そして、それを見つけた場所こそが、実は千人落としの崖を滑り降りた場所だった。
先ほどの事実3にこの情報を付与しましょうか」
「つまり、妻が何らかの形でそこに辿りつき、失踪した痕跡があった、と?」
ジョバイロ候がそう返した言葉に、彼は首を一瞬すくめるのみで、その言葉に何のコメントも残さなかった。

「そして、最後に一つ、大事なことがあります。奥様からの手紙が先日出てきましたよね。
この手紙の筆跡を念のため大使館に確認しましたが、確かに奥様の筆跡のようでした。
しかし・・・その筆跡は比較的新しいものでした。どの程度かといえば、一ヶ月以上前ではありえない。
つまり、奥様が失踪した1ヶ月前よりも幾ばくかの時間が経ってから書かれたものであることが分かりました」
その言葉に息を呑んだのは、私ではなく、正面でやや険しい顔をしていたジョバイロ候だった。

「さて、今の手紙の件を事実5とします。もう明らかですね?・・・事実として並べた1・2・3・4・5の事実は、同時に満たそうとしても整合性が取れない」
私の頭は益々混乱の一途を辿った。
もう一度今まで確認した事実を並べてみよう。

<事実1>
この家には白魔法のスクロールがあった。
使う可能性があるのはジョバイロ候か、夫人のどちらか。
しかし、目の前にいるジョバイロ候からは冒険者の痕跡は見たところ確認できなかった。

<事実2>
「ジョバイロさんは歩いてボスディン氷河を抜け、ザルカバードへ入った」とサンドリア王国ガードの目撃証言あり。

<事実3>
千人落としの崖を滑り落ちた場所に、シグネットがかけられる両手棍及び、氷を詰める麻の袋が落ちていた。
かけられたシグネットからは、ジョバイロという名前の痕跡があった。

<事実4>
氷を詰める麻の袋をもらったジョバイロというエルヴァーンの女性はここ1ヶ月いなかった、とウルガラン山脈入り口のガルカの証言があった。

<事実5>
見つかった手紙の筆跡はジョバイロ候夫人ものと証明された。しかし、その筆跡は比較的新しく、失踪した後で書かれたものだった。


並べてみるまでもなく、元々火を見るより明らかなことだった。
実際にジョバイロという名前の冒険者は、確かにロンフォールの森を抜け、北へと向かっている。
しかし、ウルガラン山脈に突入した痕跡があるのとは裏腹に、エルヴァーンの女性はこの1ヶ月間姿を見せなかったという矛盾。
さらに、ヴァズのゲートクリスタルを持っていないという夫人の言葉とは裏腹に、手紙の筆跡は失踪時期よりも真新しいものが残っているという。
これは、ガードが目撃した証言の時期とは大きくずれることになる。
私は、少し意識をそらし、窓の外へと目を向ける。
子供たちが笑いあう声が響き、やがて路地裏の方向へと消えていくのが聞こえる。
思考は進まぬまま、私はただその5つの事実をパズルのように並び替えていた。

「さて、どう思われますか?」
彼は、ジョバイロ候のほうに向き直り、試すような口調でそう告げた。
「・・・私には分かりません」
「白魔法のスクロールについてはどうです?どなたがお使いに?」
「さ、さあ・・・私でなければ妻でしょう。妻と使用人以外にこの屋敷に人はいない」
「なるほど、いいでしょう。手紙の件はどう判断されますか?貴方は確かに1ヶ月前に妻が失踪した、と依頼なさったはずだ」
「言いましたよ、確かに。しかし、その鑑定結果、保存状態などで幾らでも変わるはずだ。そうではありませんか?」候の強い口調に彼は少し押され、やがてふーと一回息を大きく吐き出した。

「パクララ、君はどう思う?」
彼が私の方へと振り返ったとき、私は纏まらないまま自分の考えを述べた。
「・・・何度考えても、奥様が一人で全部なさったこととは思えない。まるで奥様が2人いらっしゃるみたいね」
そう私が告げると、彼は唇の端を上げ、小さく「グレイト」と呟いた。


「そう、この事実をもう少し分類してみると、失踪したという事実に合致する事実と、まるで反対の事実とに大別できます。
パクララが言うとおり、もしこの事実が2人の人物によってなされたものであれば、問題はそう煩雑にはならない」
「えっ?」
「・・・全てのことが同じ人物によってなされた、と判断したのは、前提がそうだと思い込んでるから、だよな?
でも、ちょっとした噂や勘違い、そして憶測を真実に変えてしまうスキームがここには働いている。
では、本当に奥様に関することというのはどれかを検証してみます」
大地を固めていた氷が、少しずつ融解していくような感覚。
足場を失っていくかのようにも感じられるその瞬間を、私は期待と不安に突き動かされながら、ただただ待つしかなかった。

「まず事実1の、白魔法のスクロールに関して。これは今の時点では確証がないことですね?
続いて、事実2の、ガードの目撃証言ですが・・・一つここで確認したいことがあります。
パクララ、サンドリアのガードにどう聞いたか、正確に教えてくれないか?」
「あ、ええ。『ジョバイロさんという冒険者を1ヶ月ほど前に通らなかったか?』そう聞いたのよ。」
「・・・これこそが、今回の事実を捻じ曲げた大きな理由の1つです。
彼らサンドリアのガードがジョバイロという名前にすぐ反応できたのは、ジョバイロ家がサンドリアのガードに知られるほどに有名な貴族の家だからでしょう。
しかし、今のを鑑みるに、ジョバイロ家の中の誰かが冒険者だということしか分からない。それが奥様なのか、ご主人なのか・・・そこには言及していない筈だ」
「あ・・・」
確かにそうだ。私がファーストネームにまで言及しなかったのは、偏にジョバイロという冒険者は一人しかいないという考えによるものだった。
先ほどのジョバイロ候の証言がそれを物語っている。
候は、『私でなければ妻でしょう』と言った−それは、夫か妻のどちらかがスクロールを使用した冒険者ということと同義だろう。
「・・・ちょっと待って。貴方は、候は冒険者ではないと思っているのでしょう?失礼ながら、私も候から冒険者の気を感じることはできない」
「しかし、候は、冒険者ではない奥様が出かけた、と証言している。それがそもそも矛盾するんだよ」
−そうだった。
その証言が事実ならば、自動的に夫人が冒険者ということになる。
「それならば、やはり奥様が?」
「さて・・・それは候の証言が否定できない限りは判断できないから、ここではひとまず於いておこう。今の時点では、断定できないということだけだね」
一つ分かったのは、私がガードたちに尋ねた冒険者ジョバイロの行方は、ひょっとしたら奥様ではなくジョバイロ候自身の足取りだった可能性が生まれたということだろう。

「次の事実3のウルガランでの物的証拠についても同様です。ジョバイロという部分しか判明していない以上、断定はできない。
しかし、事実4は・・・エルヴァーンの女性が袋を受け取りに来ていないと明確に証言があります。
そして、事実5の手紙もそうだ・・・実際に奥様の筆跡であることは断定され、時期も推定ながらもほぼ確実に最近のものだ。これは、候は否定なさいましたが、もう1週間も精査すればもっと正確なデータが出るはずです」
彼の言葉に、候は俄かにかんばせを紅潮させ、静かに上を向いた。
「物理的に奥様が失踪後にも手紙を書ける状態でなければならなかった。ということは、奥様はこの屋敷にいる状態でなければおかしい。
しかし、実際に屋敷から人は消えている。
一方で、棚上げしていたいくつかの事実は、どれも一つのことを示している。それは、『ジョバイロという名前の冒険者』が実際に活動し、ウルガラン山脈で姿を消したことです。
さて、以上のことを考え、俺が至ったのは以下の結論です。というより、それ以外にこの矛盾を解決できる術はない」
そして、彼はしばらく間を取り、幾つかの呼吸を挟んだ後、少し躊躇いながらこう告げたのだった。
「・・・失踪された冒険者は、奥様ではなく、本当のジョバイロ候だ。そうですね?」


そして、私が驚いたのは、その事実に対してではなく、むしろその言葉にジョバイロ候が何ら動揺を示さなかったことだった。
「本当のって・・・どういうこと?それじゃ、ここにいる候は一体・・・」
「俺が候を殺すことになると言ったのはそういうことなんだ。この事実を告げたら、ここにいるジョバイロ候は存在できなくなってしまう。
・・・さあ、もういいでしょう?」
彼が睨みつけるように候を見やると、候は少し黙り込み、やがて緊張した面持ちでこう告げた。
「貴方は・・・何もかもご存知なのですね?」
「大体のことは。ただ、覚えておいてください。俺たちは貴方が依頼主であり、その限りは貴方の味方です」

すると、目の前の優美なエルヴァーンは、頭を一回横に振り、頭の縁の部分に手をかけ、やがてさっと何かを脱いだ。
手にしていたのは、セミロングのかつらで、その下から現れたのは、見事なまでのアッシュグレイのロングヘア。
「・・・まさか、貴方が奥様・・・?」
「俺たちタルタルには、どうにも背格好だけでエルヴァーンの男女の違いを見極めるのは難しい。どちらも大きい印象になるからね。
ただ、情報を集めてみても、何かが決定的に食い違ってると思った。それは今思えば、足りない情報を自動的にこちらが補完してしまっていたんだよ」
彼の笑みは、ようやく自然なものになったかのように私の目に映った。
それは、先ほどまでロジックを解き明かしているときととても同じ人物とは思えない、年端もいかない少年のような顔つきだった。


彼は、淡々と言葉を紡いでいく。
「思えば、最初から色々なところが破綻してはいました。
おそらく、奥様のことを聞かれた時と、ご主人のことを聞かれた時の両方に対しての保険をかけていたからだと思います。
たとえば、奥様は冒険者ではないという証言・・・これは、奥様のことを街で聞き込みされた場合の保険。
奥様の手紙を最初に出さなかったときの用心は、逆にご主人のことを疑われないための保険」
「でも、どうしても分からない部分があるわ。なぜそもそもご主人に成り代わろうと思ったのか・・・恣意的なものなのかどうか、それすら私には分からない」

そう、それこそがこの事件で一番分からない部分だった。
本当のジョバイロ候自身、テレポヴァズを習得した程度の冒険者ということであれば、ウルガラン山脈を歩くのは相当勇気がいったはずだ。
彼の地に住むモンスターたちは、並みの冒険者は勿論、腕に磨きをかけた冒険者であっても容易に絡めとるだけの腕を持っている。
私のパートナーは、シーフというジョブの特性上、その回避の高さを生かして隠密行動をしていただけに過ぎない。
並程度の白魔道士1人で動き回るのは、命にすら関わる行動。だから、失踪すること自体それほど不思議はなかった。

でも、夫のフリをする妻の行動だけは別だ。
確かに、それであれば、使用人を全員解雇したりする理由も分かる。
しかし、それだって限界があるだろう。
元々、素直に夫が失踪したと言及すればよかっただけのことではないのだろうか。
「それは・・・貴女がご主人を愛していらっしゃるから、ですね?」
パートナーは突然そんな言葉を口にした。
それはどこか聞き覚えのある言葉。
そう、確か目の前の美しいエルヴァーンの女性(当時は男性の格好だったが)が自ら口にしたのではなかったか。
『人には色々な愛の形があります。貴女があのタルタルの少年に想いを寄せるのと同じように、私も私なりに妻を愛している』
あのときは、夫と偽っていた彼女の言葉。
それを元にただせば、彼女なりの愛し方で夫を愛していた、ということになるのだろうか。

「奥様は、ジョバイロ家当主というのを消したくなかった。それだけだと思うよ」
パートナーはポツリと言葉を紡ぐ。
どこか釈然としないまま夫人の顔を見ると、彼女は軽く頷き、口を開いた。
「そうです。パクララさん、貴女に言いましたね?私なりのやり方で愛している、と」
「え、ええ・・・」
「このジョバイロ家は、サンドリアの貴族としてはまだまだ新興貴族。
加えて、夫は先代から家を引き継いだ若い当主でした。
彼がいなくなってしまえば・・・夫が残したもの全てが無へと返ってしまいます」
「だから、ご主人のフリを?」
「・・・妻の私が逆にいなくなったことにすれば、この家の存続には何も問題ないと思いました。
しかし、咄嗟の思いつきでしたから・・・手紙のことも正直なところ、タイミングを間違えたのかもしれません。
でも・・・主人には申し訳ないけど、もうダメ。夫のフリをすればするほど、辛くなっていくんです」
そんな彼女のその表情を見て、ようやく彼女なりの愛し方というのが少し感じられたような気がして、私も逆に胸が締め付けられるような想いでいっぱいだった。

窓から差し込む夕陽が、ただ目に痛い。
そして、陽に照らされたパートナーの顔は、いくらかの罪悪感と共に晴れやかな表情を浮かべているようで、ようやく私はこの事件の終焉を感じられたのだった。



その夜。
サンドリア港の片隅にある小さなバーで、私はパートナーと待ち合わせていた。
煉瓦づくりのどっしりとしたサンドリア建築のこのバーは、サンドリアで彼と待ち合わせをするお決まりの場所だった。
くもぐったトランペットの音が微かに扉越しに聞こえる。
誰かが飛空挺を待ちながら吹いているのだろうか。
緊張が和らいだ今の私には、ようやく戻ってきた日常が染みて行くかのようで、少しくすぐったかった。

カラン、と軽やかなカウベルの音と共に、緑のアーティファクトに身を包んだタルタルがバーに入ってきた。
途端に、穏やかだった自分の息遣いが少しテンポを上げる。
普段一緒に過ごしていても、緊張感のせいなのか、あまり意識したことはないのに、こんな場所で彼と会うのは別の緊張感があることに、私は今更ながら気付かされるのだ。
でも、気付いたというよりは、思い出した、という言葉の方が近いのかもしれない。
(だって、初めて会ったときからそうではなかった?)
別の自分が、私の心の奥底から疑問符を投げかけてくる。
頼れるパートナーでありたい−その事実が私の心に色々な蓋をしていたんだ、と改めて思うと同時に、これも彼の言うところの一種の摩り替えなのかしら、と思い出し、私は頬をほころばせた。

「どうしたんだよ?いきなり笑って。俺の顔、なんかついてる?」
「いいえ。いい顔してるわ、今日の貴方は」
私がそう冷やかすと、彼は照れたように頭を掻きながら「・・・やっぱりかなわないな、パクララには」と呟いた。
注文を取りに来たウェイターに彼は884年産のロランベリーワインを注文し、私の隣のスツールに腰を下ろす。

「それじゃ、今回の報酬」
彼が手渡したその袋を、私は中身を確かめずに後ろに下げたポシェットに仕舞い込んだ。
「ありがとう。・・・今回はなんだか足を引っ張っちゃったわね」
私は、ここに来てどうしても伝えたかった一言を告げた。
自分の聞き込みが甘かったからこそ、今回の事件を混乱させる一因となったことくらい、自分でもよく分かってる。
冒険者として、自分の能力の至らなさがとても情けなかった。
少年のような顔つきとは裏腹に、経験豊かな冒険者である彼一人なら、きっともっとスムーズな解決方法があったような気がして、真っ直ぐに彼の顔を見られなかったんだ。

しかし、彼は何度も首を横に振り、強い口調でこう言った。
「違うよ、パクララ。君がいなければ、この事件は解決できなかった」
「どうして・・・」
「ひょっとしたら、君は聞き込みの時点での誤認を恥じてるかもしれないけれど・・・俺にはあの一件こそがこの事件の大きな光となったような気がする。それは、聞きにくい相手からもちゃんと言葉を引き出してくれた君以外にはできなかったことだと俺は思ってる」
ちょうど運ばれてきたワイングラスを軽く揺らしながら、彼は窓の外に目を向けた。
飛空挺が水しぶきを上げながら着水していくその時間が、いつもよりもずっと長いものに感じられるのが不思議だった。

「・・・それに、君は教えられたことがあるんだ。
俺は、冒険者っていうのは、人を救うための仕事だと思ってたんだ。
だから、自分のせいで何かが壊れたりするのは嫌だと思った。
でも、それじゃないって言ってくれたよな?自分のすべきことをすればいいって。
人を救うなんて高尚なことをしてるわけじゃない。・・・俺も依頼主たちも、そして君も、等しく同じ立場で生きている一人の人間だってこと、なぜか忘れてたんだよ」
そう言いながら、彼は一気にワイングラスを空にする。
そんな彼に、私は救われてるような気はしたけれど・・・結局それ以上何も言わなかった。

ただ、私がその言葉を耳にして思い出したのは、今回の依頼主の言葉だった。
冒険者と依頼主という関係を超えたところで、あの人は私に言葉をくれた。
それは、とかく人を救うやんごとなき立場だ、なんて勘違いしがちな冒険者というものを、ふと我に返らせるものがあったような気がするんだ。
−人を救えるのはきっと自分自身だけ。
夫の姿になってまで色々なものを守ろうとした彼女は、それを一番私に言いたかったのかもしれない。


そして、私たちは事件の話にそれっきり触れなかった。
古いジャズがジュークボックスから流れる中、忘れかけていた日常という名前の砂時計から砂が少しずつ零れていく。
やがて、手にしていた蒸留酒のグラスも空になり、ポツポツと続いていた何気ない会話もふと露と消えた。
黙ったままだと、俄かに心臓の鐘の音が聞こえてくるような気がして、私は彼の顔から視線を外し、スツールから勢いよく立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ行くわね。色々ありがとう」
「パクララ」
突然、強い勢いで手を引っ張られる。
正面のとても近い距離に彼の顔があった。

「・・・」
口がカラカラに乾いていて、言葉がうまく出てこない。
私ってこんなに不器用だったかしら。
ふとそんなことを思いながら、彼の目を見やると、彼の顔は意外なことに紅く染まり、目は少し泳いでいるようにも見えた。
そんな余裕のない表情を初めて見たせいか、私はちょっと落ち着きを取り戻し、彼の目を見つめ返す。
「また・・・力を貸して欲しいときには一緒に来てくれる?」
「え、ええ、だってパートナーですもの」
「そうじゃないんだ。えっと・・・困ったな」
そして、彼は思い出したかのように、こんな言葉で私の動揺を誘ったのだ。
「・・・俺の傍にいてほしいんだ、パクララ」

「パートナーなら当たり前じゃない。貴方が邪魔にならない限り、力となるわ」
でも、私は結局こう言いながら、自分の鼓動の早さを誤魔化そうとした。
と、彼は顔を背けながら、拗ねたような表情で、「実は分かってるんだろ?」と子供のように呟く。
私はふと思案し、彼が言っていた言葉をそのまま返すことにした。
「『ちょっとした噂や勘違い、そして憶測を真実に変えてしまうスキームがここには働いている』そう言ったのは誰だったかしら?私が思ってることが事実じゃないかもしれないじゃない?」

ちょっと意地悪な、でも私が今回の事件で学んだ大事な言葉。
そんな私の言葉に、彼は珍しくハチミツのように少し甘い顔を浮かべながら、歳相応の笑顔ではにかむ。

大切な言葉はやがて宙へと浮かび、サンドリアの夜へと消えていった。
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というわけで。
本編折りたたみにしちゃったんで、こちらに後書きを。
4回目が異様に長くなっちまってすみませんw
お待たせしちゃいましたが、ようやくハニー・カム完結です。

推理ものをヴァナディールの世界でやるのは、色々反則ぽいことが多くて難しかったなあ。
まあ、トリックに関しては、半叙述トリックみたいなやつですねw

そんなわけで、何度も書いてる気がするんだけど、このパクララ、うちのフェローだったりしますw
元々フェローの話を発展させて書いただけなのですが、パートナーのタルタルには名前をきめておりません。
特にアレがタレということではありませんのであしからずw
タレ: URL 2006.03/09(Thu) 02:01 Edit
エンジェルマヌーヴァ
関根朔太を思い出したw
みな: URL 2006.03/10(Fri) 00:25 Edit
無題
読まないでためてた甲斐がありますたw
謎解きの部分が少しわかりにくい感じがするけど
一気に読めたよw文章表現力はマジすごいなw
でも、ジョバイロ候の最後の記述が薄いカモーw
てかハニーカムってそっちかょww君は大阪人かw

なんか、アガサの『二人で探偵を』を思い出したょ
シリーズ化希望wwwヽ(`д´)ノ
ぽく: URL 2006.03/10(Fri) 16:30 Edit
無題
まとめて読んでみますた(*´д`*)

表現力や言葉の使い方なとは申し分なくうまいですねw

ここからはライノベ作家の意見なので、聞き流す程度にw

一気に読める作品であり、魅了する力もあると思う。
FF11の年齢層の視点からすれば、いい推理小説。
ただ、推理物を読んだ事がない人。簡単な物しか読んだことのない人にとっては、謎解きは少々わかりにくいかもw

あまり書くと長くなっちゃうので簡潔にまとめてみますた!!
ライノベ(ファンタジー等メイン)作家の意見なので、あくまでも聞き流してやってくださいw

俺もFF小説書こうかなぁ(;-Д-)
Hinaku: 2006.03/10(Fri) 16:48 Edit
無題
・・・なるほどぉ
男装と来たか!
そういえば初登場時に、女性っぽい顔立ちとか、声質とか触れられてたね
確かにエルヴァーンのフェイスの中には中性的なのもあるから、そういうのもアリという先入観から、まんまとタレマジックに騙されちゃったわけか;;
くっそぉ〜♪
ただ、この世界観と恋心を描き出せたのはタレッチだったからだろーね
優しく口の中で溶けるムースみたいな繊細な作品でした(*´∇`*)
ゴチになりましたぁぁぁぁぁぁっ!

さて・・・そろそろオレも続き書かなきゃな
もう二ヶ月も放置してらぁw
ひ〜ほ〜♪: URL 2006.03/10(Fri) 21:53 Edit
無題
あたし文章力無いからw
まともな感想文字にするのが難しくてw
どぅ感想を述べていいかわかんないぉ_○/|_
でも素敵な小説だった(・ω・*)
@は…文章の表現綺麗すぎて頭の悪い私にはちょっと読みにくい点もあったかm(ゴメw

なんか・・・最後のほう。
「キャーーw」ってカンジ(ノ∀`*)

『突然、強い勢いで手を引っ張られる。
正面のとても近い距離に彼の顔があった。』

↑これにドキドキ[絵文字

推理小説っぽいけど、あたしが読んだら【恋愛小説】になりますg
こんな不器用な二人を見て(読んで)、私までドキドキしてました_○/|_
男性が書いてるんだけど、女性の目線からでも十分楽しめました(´_ゝ`)b GJ♪
(oノωノ)素敵な小説ありがとうw(照
写真見て卒倒したミスラ。: 2006.03/11(Sat) 02:01 Edit
無題
コメント色々頂きありがとうございました〜。
個別にメッセとかでも頂いててうれしい限りですw
実は結構隠し要素とか、前後の繋がりでアレコレ盛り込んでるので、何度か読むと感想が変わるって人も多いみたい。

>ミナさん
それ、かなりキワドスwww
でも、あっちは男装はしてなかったからなあ。
どっちかというと、「今はもうない」に属する方のトリックだよね、これ。

>ぽーさん
感想ありがとー^^
謎解きなんスけど、ヴァナの場合、デジョンやらテレポやらという反則じみたものが沢山あって、それを回避するために色々制約条件が必要だったんですよ。
おかげで、5つも事実を並べる羽目になったんだけど、実際はトリックはシンプルだし、ヴァナが舞台じゃなかったらもうちょい楽だったなーという感もありますね。

ジョバイロ候の記述があからさまに最後だけ薄くなってるのは、そこにトリックがあるから、ですよ・・・w
ハニー・カムはお察しの通り、ダジャレですwww
シリーズ化、ご要望があれば、という感じだけど、一応それが出来るためのトリックは既に織り込まれてるという噂も・・・。

>Hinakuさん
感想ありがとうございますー。
いやー、プロの人に見られると恥ずかしい限りなんすけどw
ただ、寄せていただいた感想見ながら思ったのは、プロとアマチュアは、そもそも書くスタンスが違うということかな、と。
つまり、お金をもらうかもらわないか、という点ですね。

ご指摘頂いた読者の視点やターゲット、分かりやすさといった点というのは、実はお金をもらうプロこそが真摯に取り組む視点だとオレは思ってます。
一方で、作り手である以上、その向こう側にいる人のことを意識するのは当然ではあるものの、アマチュアというのはそこでお金を貰ってるわけではない=作り手としての欲を最大限に生かせる、それが最大の強みなんだろうな、と。
ラジオもそうですが、何より作り手が自分の作りたいことを愉しみながら作れるというのを大事にしてるのと同時に、それを受け取る側からのフィードバックによって次のものを作るというブログならではの双方向性を生かしたいという想いで作ってたりするんです。
そう言った意味では、最大公約数に媚びない、一番自分らしい部分が出てるのかな、とも思うんですけどねw

>ひーほーさん
小説、楽しみにしてるんスよー!!
今回のお話、ひーほーさんの言うとおり、先入観によっての補完というのが邪魔をするってのがトリックだったので、そういう感想、作者としては嬉しいなあw
女性の視点からってのは、イマイチ分かるようで分からない部分もあるんですが、色々社会勉強しながら今後も覚えていこうかなーと(´_ゝ`)b

>某ミスラさん
あー、そういう素直な感想が一番嬉しいッスよw
料理と一緒で、「美味しかったか」「まずかったか」その一点だけで十分というかさ。
文章小難しいのは申し訳ないッス・・・w
普段のブログからして、ちょっと硬い(?)文章だもんなあ。
とはいえ、いわゆる二次創作ものって、内的世界に篭っちゃうものか、もしくは非常にライトなノリのものしかなくて、小説としてどっしり味わえるものがないからこそ、こういうのが書きたかったってのもあるんだけどねw

オレもこれは、推理小説じゃなくて、パクララとパートナーの心の揺れを描きたかったというのが本心。
事件を通じて、何が変わって、何が変わらなかったか−そういうのが描けてるとうれしいんだけどさ^^;
こちらこそ、ご愛読感謝ー!
タレ: 2006.03/13(Mon) 10:19 Edit
無題
>プロとアマチュア
なるほど。。。確かにそうかも・・・。
プロこそが真摯に取り組む〜っていうくだりは納得w
作り手としての欲も同意ですね。むしろ俺はプロとして一応お金はもらっているのに、自分の欲を最大限に描いている分、読者に失礼なのかも・・・w

一言にまとめれば自由性。なのかな?
まだ一年弱しかプロやってないんですけど、
ぶっちゃけ思うようにできないのが8割で、残り2割が好きなように。っていうのがこの業界(つД`)
そんななか無理やり押し切って5:5くらいで作品書いてる俺は、
タレさんと同意見なのかもしれないな・・・
Hinaku: 2006.03/14(Tue) 19:53 Edit

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